ようこそ火のない煙のところへ

幼い頃、ひそかに憧れていた場所があった。

国立のブランコ通りにあった邪宗門という喫茶店。母が若い頃通っていたとよく話してくれた。煉瓦造りの外壁に飾り格子のついた窓、細長いドア。看板はローマ字でJASHUMON、十字架と縁取りが彫ってあった。店の前を通るたびに大人になったらこのドアを開ける。そう思っていつも早く大人になりたかった。まだ早いと思っていたらとうとう訪れることがないまま、店は閉店してしまった。外から眺めていただけの喫茶店の原体験だった。

元々コーヒー好きの祖父の影響でコーヒーが好きだったのもあり、成人して煙草を吸い出してからはひとりで喫茶店に行くことが増えた。

席に着いて注文をしてからまず一本吸って、本を読んだり、詩を書いたり、他のお客さんの会話に耳そばだてたり(あまりよくないが)して過ごす。去年の7月10日、私は荻窪邪宗門にいた。そのとき隣の席にいた老婦人が

「私の人生の目的ってひとりになることだったの、ずっとひとりになりたかったの。今の私が人生の目的だった、この年になってやっと叶えた。」と友人らしきかたに話しているのが聞こえた。格好良くて鳥肌がたった。たしかその日は色々と悩んでいて決心がつかないことがあったのだが、その会話を聞いた瞬間に私は答えを出せた。

いつかどこかのいろんな店で。お客さんの雰囲気を見て絵柄が選ばれるカップ。レジ横のマッチ。イマジナリー実家的無秩序でファンシーな棚の置物たち。「近くの劇団が朝ひそかにやっている無料の朗読会があるよ」と教えてくれたマスターがいたり、モダンな着こなしの着物姿のマダムがいたりした。席では泣きながら本を読んでいるお客さんや漫才の打ち合わせと思しき方たちから「今のメロディいいな」という掛け合いが聞こえることもあったっけ。

誰かと2人でお茶するときなんかは関係性がなんであろうと、喫茶店で向かい合って目を見て言葉を交わすとなぜだか色濃く刻まれるような、心に残ってしまう気がする。喫茶店で繰り広げた忘れたくない会話がいくつもある。時間の流れ方がすこし歪んだり拡張したりしながら、人が居合わせる不思議な場所かもしれない。

もし私がいつか喫茶店をやるとしたら壁はすみれ色、金子國義の絵画を一枚だけ飾る。テーブルは黒で椅子は別珍布張り。コーヒーと薔薇の紅茶を出す。店の名前は「極光」それだけはうんと前から決めている。

 

茶店の日にちなんで私の好きな喫茶店での景色とお気に入りの店と喫煙禁煙情報

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