マイ・ブラッディ・ギャレンタイン

「わたしだけの王冠」「荊棘を抜けてお茶をしながら生きていく」をテーマにエンパワーメントなカルチャーや愛するファッションのこと。心や体、家族や友人のことについて書いていきます。

菫色のベールのむこう

愛書家のための服飾・小間物ブランドである霧とリボン様で注文させて頂いた、エミリーディキンソンの詩の新訳付作品集『Emily’s Herbarium』

花々の匂いを携えて今日、私の元へ届けられた。

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(実は私は霧とリボンさまが運営されている、「菫色連盟」精神のシスターフッド、パンキッシュなアカデミーを目指す社交クラブの連盟員でもある。超ひそやかに暗躍中…⁈)

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霧とリボンさまから届くお品は、いつも菫色の薄紙に包まれている。

私には不思議と菫色の薄紙が、もう一つの世界と俗世を隔てる限りなく薄い膜を想起させる気がした。

包みをひらくとき、薄紙を破いてしまわないよう、王冠を戴く時みたく姿勢を正して慎重に触れた。

作品集は細部まで美しくて、エミリーの大切な庭や温室の景色が浮かぶよう。ページの手触りが異なっているのも素敵でめくるのが愉しくなった。

 

エミリーディキンソンの詩は、自分の孤独や痛みを否定せず共存し暮らす、すこやかな空気が感じられるところが好きだ。

自分だけが持つ世界に、守られている感覚を忘れないでいられる。お守りみたいに思っている。

ところで、最近私は医師から気分循環障害とパニック障害と診断された。

未だコロナ禍とはいえ人が街に戻りつつあっても、私は家から出られない日々を過ごしている。学校も今学年は休学すべきか考えているところ。。

(だからオンライン開催のイベントがあるとありがたくて泣けてくる…)

推測の域を出ないけれど、エミリーディキンソンも広場恐怖や社会不安があったのではないかと言われていて、勝手ながら親近感を感じている。

 

自分がただ家を建物だと思えば建物だし、聖域や城だと思えればその場所の意味や重みは変わる。変えられる。

ただ生きているだけで消耗してしまう、はみ出してしまう者にとって自分だけが持つ世界が支えとなる。作ることも守ることも自分にしかできない。

エミリーは自らの意思で、自分だけの聖域にこもることを選んでいたのかもしれない。

 

症状の影響で予定通りにできずに何度も色んな人に謝っては友人や機会を失くしてきたし、慣れても痛みは痛くないわけじゃないけれど

私の心身や頭に表れる症状はきっと、自分だけの世界を持ち続けるための抵抗なんだと思っている。

そう思えば歪な日々も身体も悪くないのかもしれない。

 

頭上に煌めく誰にも見えない王冠が

どうか、夜の長い季節を照らし続けられますように。

最近の日々のこと

最近私は、ピエロ人形たちと暮らし始めた。

自分への入学祝いに買ったコミック「ハーレイクイン ブレイキンググラス」のハーリーンのおばあちゃんの家はピエログッズだらけでとっても素敵だったから、私の部屋もハーリーンのおばあちゃんの家みたいになって嬉しい。

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ピエロはその家の悲しみを吸いとってくれると言われている。

このところの私は、悲しみに抗って暮らす日々を過ごしている。

 

実は今秋から再び高校生になったというのに、急激にパニック発作が多発してしまうようになり、まだあまり登校できていない。

週2日のスクーリングにすら行けないことにかなりショックを受けた。


今の状態で病院に行っても薬に頼るようになるだけで根本的な解決にはならないかもしれない、そう判断してしばらく病院に行かずに自分の認知を変えるため、ここ数年はセルフ解毒を試みてきた。

自分のトラウマや、考えられるありとあらゆる問題と向き合ってきた。

その甲斐あって頭の中は整理できたし、問題を明確にすることができた。


けれど問題や新たな認知の仕方がクリアになっていけばいくほど、精神と身体には負担がかかっていたようで、ついに限界を超えた。

のか…?


そこで久しぶりに精神科へ。

以前行った病院は男性医師で、高圧的な態度や言動があってきつかったので、スタッフも医師も女性だけの病院を探して、新しく通うことにした。病院選びは大正解。

医師は私が服用している低容量ピルにも理解があるし、何より私がどうしたいかをこまめに聞いて尊重してくれる人だ。

問題が自分でわかったからこそ、薬も適切な距離感で使っていけるし、どう対処していけばいいか医師と相談しやすくなったので、このタイミングで病院にまた通い始めたのは自分的には良かった。

医師と相談したら、私は躁鬱とパニック発作という組み合わせなので、抗不安薬を服用するタイミングはしばらく躁状態の時以外、パニック発作の予兆があるときにしようということになった。


1ヶ月くらい前は、なぜかスーパーのパンコーナーにいた時、発作が出た。

パンに囲まれてたせい?無意識にパンに恐怖を感じてた?とおバカなことを一瞬思ったが、昼間緊張する場所に行っていたから疲れが原因だったみたい。


パニック発作はなんで今?という時に限って出てくる。忘れた頃に。

 

薬を飲み始めて、なんとか短時間だけではあるけれど、とりあえず登校し始めることができた。薬が効いてんのかたまたまなのかわからないくらい、常に不安な気持ちだけど。

通信制の高校とはいえ、授業中の空間はそれなりに人が多い。人がいる空間が、今は辛い。教育を受ける機会と場所が今の私には必要不可欠だと感じ、それなりに勇気を出して入ったものの、こんなことになるとは思いもしなかった。


それでも、一応良かったことはレポートをやるのも勉強自体はとても楽しいということ。

あれだけ本を読むのも文章を書くのも苦手だった私が、1年間セルフ解毒のためにブログを続けたおかげか、レポートで自分の考えを書くのが楽しくて仕方ない。


だから早く自分の身体なんとかなんねぇかなと思うけれど、ゆっくりやっていくしかない。


私の推しのグループのメンバーも、最近同じ病気で活休から復帰したしきっといつか私も大丈夫じゃなくても大丈夫になれるはず。

時間がかかっても必ず卒業して、その先につなげて行きたい。

 

ヴィクトリア朝を代表する作家の1人であるジョージエリオットはこんな言葉を残している。

「なりたい自分を目指すのに遅すぎることはない。」

これは、私が編入試験の作文でも書いた言葉だ。発作が起きるたびに、何度もその言葉へ立ち返る。

 

精神疾患に対する偏見は未だにあるし、理解がまるでない人もいるから、前向きに治療してても辛いことは多い。

今日なんか健康診断だったんだけど、内科の医師に持病はあるか聞かれて念のため言うべきかと思ってパニック障害です。と答えたら「パニック障害は病気なようで病気じゃないからね〜」と鼻で笑われたので言って後悔した。

 

今日も世界はクソまみれ(byアンナチュラル中堂系)だし、私の戦いは終わりがないしウンザリするけれど、まだまだ繕い直しながら生き延びるよ。。。

It's payback time

先日完成したばかりの自作のZINE「伏魔殿」

委託販売先のお店PARK GALLERYさんが、素敵なレビューを書いてくださいました。

なぜ伏魔殿というタイトルにしたのか、私は説明が苦手なのでうまく書けなかったのですが、まさに言いたかったことを汲み取って下っていて感激しました。。

https://note.com/park_diary/n/n05e4ed58d71b  

 

その中で書いたエッセイ「死神と呼ばれて」で、10歳の時転入した小学校で死神というあだ名をつけられ、担任やクラスメイトから分かりづらいいじめを受けていたこと、教育の機会や場は全ての人に必要であるが、それは決して当たり前ではない。ということについて書いた。

コロナウイルス流行の影響で全国的に、学校が休校になり、国が親に家庭で学習指導を押し付けたり、学費が無駄になったり、大学の学費が値上がりしたり…。

教育格差が広がっていくのを目の当たりにして、私はより強い思いを抱いた。

 

「失った教育の機会を取り戻したい」ということ。

このことを友人、知人には知らない人も多いので、もしこれを読んだらびっくりしてしまうかも。

まだ以前はこの事実が恥ずかしかくて、変な目で見られるかもと怖かったから…。

でも、恥ずかしいと思うこと、思われることが、人を追い詰めるし孤立させるって気づいた。

私の好きなミュージシャンのカネコアヤノさんは、以前曲の中で「恥ずかしいはかっこいい」と歌っていた。

そのフレーズを聴いたとき、私はそうかも、そうしたいなと思った。

高校にもう一度行くのは、学びたい気持ちだけではなく、自分の中の恥ずかしいをかっこいいにするためでもある。

 

自殺未遂、家庭の経済的な事情や持病の悪化で、私は高校3年生の時に学校を辞めた。

あの時は選択肢が他に無くてそうするしかなかった。

すぐに高卒認定試験を受けようと思いながらも、日々暮らしていくのがやっとで、とうとう高卒認定試験は受けることはできずに気づいたら20代も半ばまできた。

その代わりに色んな仕事をやってきた。

スーパー、飲食店、販売員、バーやスナックでの仕事、ハンドメイドのヘッドドレスづくりの自営業から、古着と雑貨を扱う古物商も。

仕事を通して、色んな事情を生きる人を見てきた。それは何にも変え難い経験で、高校を辞めたことに後悔はない。

 

けれど、私が手放さざるを得なかったものに対して痛みは残っている。

心的外傷のサンドバッグにはなりたくないし、感じてきた痛み、タダでは済まさん!と思う。

私は自分を傷つけるのも、ヘラヘラ傷つけられるのもやめた代わりに、自分の中で必ず何かに昇華するようにしてきた。

何より前に進むためにできることは、全てやるつもり。だからこそ、今自分には教育の機会を得るための、場所や時間が必要だと思った。

 

ドラマ「セックスエデュケーション」のメイヴや「アンブレイカブルキミーシュミット」のキミーも同じ気持ちだったのかな〜なんて、思いを馳せながらどちらも3周目ぐらいだけど観なおしている。

 

私は来年26になるけれど、この秋から通信制の高校へ入学する。

長いセルフ解毒の日々をなんとか生き抜いて、私は次に進むことにした。

自分を取り巻く過去や傷、生きづらい事情や持病を抱えている家族。

なくならないあらゆる差別や偏見、助けや理解が必要な人間を限界まで孤立に追い込む、マジョリティのアプデされない価値観や認識。

どれだけ努力をしてもはみ出してしまう、社会に馴染めない人への理解や尊重しあうことが全然足りない国で生きること。

当事者の目線を持っている人間が、連帯や支援をしていくにはどうすればいいのか毎日ずっと考えている。

どんな形でかはまだわからないけれど最終的には、そういうことができるような仕事をしたいと思っている。

 

私が高校を卒業する頃には年齢が30近くになる。でももう絶対他人の物差しで私をはからせないし、人はいくつになろうと何度でもやり直せるはず。そういう社会であるべきだ。

 

ジョージエリオットも「なりたい自分になるのに遅すぎることはない」という言葉を残している。

私はこの言葉を、高校の編入試験の作文に書いた。

 

こういう大人もいま〜す、心配せずに自分のペースで、自分名義に生きておくれ〜というサンプルの一つぐらいになれればいいなと。

 

今度通う学校はもちろん公立なので、そこまで学費はかからないところも助かる。

さらに託児所があったり、ネット環境が整っていたりするし、通信制なので成人以上の年齢のかたも多そうで、色んな事情の人を受け入れる姿勢や環境に安心できる。

部活に入ってみようかなとか、今からかなりワクワクしている。

 

自粛要請期間が過ぎても身体はほとんどどこにも出かけてないはずなのに、私はずっと旅をしている気分だ。

自分を取り戻し、癒す私の旅。次の目的は失ったものを取り戻すこと。

実家も田舎もないし、私を縛る人ももういない。自分にかけてしまった呪いも解いた。

ずっと転校生のままの私の魂は、どこへだって行ける。それを忘れないでいたい。

遅咲きの本棚

小さい頃から私の暮らしたどの家にも、本棚は無かった。

ありふれた子供だったなら眠る前、親が寝かしつけるために本を読んでもらえただろうか。

祖父母や親戚から図書券や本の贈り物があるかもしれないし、宿題の音読カードの親のサインを偽造しなくていいし、読書中の子供に対して親が侮辱するようなことをきっと言わないだろう。

ありふれた子供だったなら、いつでも帰れる実家にいつまでも自分の部屋が残っていて、そこには本棚があるのかもしれない。

 

母は「本なんか読んでるの〜?いいからこれやって(家事とか)」とよく言ってきた。

元同棲相手は自分は本を読んでこれが面白かったとか話すくせに、私が何か読んでいる時は露骨に嫌がっては馬鹿にした態度だった。

 

私が自分たちよりなにかを知るようになるのが、怖かったのかもしれない。

 

外出自粛要請が出ていた期間中に流行ったブックカバーチャレンジを見て、同年代の子達が自分の思ってた以上に本を買っていることを知り驚いた。

‪もちろん好きな作家さんの本は出来る限り買いたいけど‬、‪経済的にすごく余裕があるわけではないから読みたい本すべては買えない。

そうなると頼りは図書館だけ。コロナ対策で長い期間の休館がかなりつらかった。

 

ヴァージニアウルフは「女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない」と書いていたけれど

小説を書くだけでなく、読むためにも同じことが言えると思う。

自分だけの部屋も必要だけど、自分だけの本棚も必要だったのかもしれない。少なくとも私には。

 

現に私はつい最近まで自分で気軽には本を買えなかったし、まともに一冊読むこともできなかった。

私が本を読める環境と安全な場所を手に入れたのはここ2、3年で、本を買えるのも読めるのも決して当たり前のことではなかった。

頭も身体も拘束されているような環境に加えて、過去の心的外傷による頭の中の散らかりや雑音とも付き合っていかなければならず、文字なんか頭に入らなかった。

本を読むには精神的、経済的に余裕があって邪魔の入らない安全な場所を確保できなければならなかった。

 

自分で本を読める環境を手に入れてからは、いつだって大好きな魔女にも悪魔にもバンパネラにも会えた。

私が生きたかもしれない別の人生や別の場所にも飛んで行けた。

実在し、同じように引き裂かれながら戦い生きた人たちに思いを馳せることもできた。

初めて手に入れた自分だけの本棚が、ちょっとずつだけど好きな本だけで埋まっていくのが今すごく嬉しい。

 

本棚はポータルだ。

決して誰かに閉め出されることも、閉じ込められることもなく常にどんな世界へも開かれた入り口だ。

 

ありふれた子供が大人になると

「子供の頃使えたはずの魔法を大人になってから失った」とよく言うけれど

私は子供の頃に使えなかった魔法を今、めちゃくちゃ発動しているところだと思う。

そしてその魔法を、ずっとこのまま失わずに年を重ねることができると思う。

 

どれだけ努力してもはみ出してしまう、引き裂かれながら生きるものはうまく俗世には馴染めない。

魔法を持ち続けながら生きるには、決して無理には馴染もうとしてはいけない。

いつでも開く私だけのポータルをくぐって、もう一つの世界で、ひそやかに健やかに息をしていく。

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昨日パートナーが私に

「あなたの本棚に一番必要だった本(完成したばかりの自作のZINEのこと)がやっとおさまったね。」と言ってた。真理〜!

 

ZINE完成!

作ろうと決めてから4年もかかっちゃったけど、詩とエッセイをまとめたZINEが完成しました。

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セルフヘルプ解毒と価値観のアプデが必要な人に届いたら嬉しいですが、ZINEを作ることで自分自身を癒せた気がします。

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古い価値観のアプデを怠り、人を人と思わない蔑んだ眼差ししか持たず、何も見えてない見ようとしないで

「女の子は頭空っぽでいい」とか「東京の女の子たちどうした」とか「産まないのが悪い」とかほざいた人たちのことを、私は1ミリも忘れてないのでZINEにいれた詩の中でもモチーフにしてます。

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死神と呼ばれて

セルフポートレート新作は「死神」をテーマにしました。

10歳で4度目の転校をした私は、転入先の学校で転校初日に「死神」というあだ名をつけられた。

死神と呼ばれていた実体験をモチーフに制作しました。

私は13日生まれなんですが、偶然にもタロットカードで13は死のカード。死神が描かれています。

死神は古い価値観の表れ、古い価値観を葬るという意味を持っている。

古い価値観や、クソみたいな同調圧力を葬る者たちの一人としてなら、死神と呼ばれても構わない。

 

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衣装は古着をリメイクしたもの。骨に見立てたものは元々ギャザーたっぷりで素敵だったけど私には絶対入らないSサイズのドレス。マントも入らないけど色味が気に入ったスカートでした。

仮面はエメラルド色。

毒や悪魔、怪物を想起する色でもありますが、エメラルドの石が持つ意味は解毒。

Cash Rules Everything Around Me

詩人エミリーディキンソンは

「私の魂は私のものだ」 

(映画「静かなる情熱」より)

と言い放ち、時に花の香りや孤独や死を携えながら、同調圧力に抗い、自宅から出ずに詩を書きまくった孤高の引きこもりDIVAである。

私は大好きなDIVAに倣って、家の中で静かに抵抗をしている。

頭では怒りのデスロードを爆走しながら在宅ワークの合間、政府が不要不急の会見をするたび首相官邸へのご意見のページに意見を送りつつ、創作をしながら過ごしている。

それでも、現実はものすごい速さで殺しにかかってきて容赦ない。


ウイルスは平等に感染する可能性があるが、ウイルスによる経済的な影響は決して平等ではない。

特に裕福な家庭で生まれ育った坊ちゃん議員や、知る努力を怠る無知で差別的な議員のいる政党が回す、家父長制の残りカスのような国ではこうした状況下で機能不全家庭、女性や子供は特に影響を受けやすく、安全も健やかさも教育も奪われながら生きることになる。

 

そしていつもいつも、命を選別するふるいから落とされている。私の家族も例外ではない。

 

私の母は、小さい頃の輸血が原因である病気を患っている。輸血をした病院はカルテを破棄。カルテがなければ証明できないので、国からの給付金はもらえなかった。

経済的な事情から治療が続けられず、今も完治していない。

現在母のパートナーは2月に自殺未遂をして入院中、私の弟はパワハラを受け退職、求職中。

そこへ世界的なコロナウイルスの感染拡大だ。

 

元々生活がギリギリだったのに、マスクや消毒で出費はかさむし、会社に対しての国からの補償もないから会社は休業できないでいる。母は毎日出勤するしかない。

持病があるからリスクもあがるかもしれない。それでも減収証明ができなければ、給付金はもらえない。

 

あらゆる国で一律給付や補償が行われている中、なぜ日本では給付に値する人間かどうかを証明をしなければならないのか。

 

私たちはいったい何度、国から命の選別にかけられ、そしてそのふるいから落とされるのだろうか。

 

母から毎日遺書のようなラインが届く。

私はその度に変なキャラのスタンプを送るぐらいしかできない。

電話では「一律給付なければもう首吊るしかないかも」と言われた。かける言葉がなかった。‬

 

私も余裕があるわけじゃないけど、実家に食料と少しの現金を送った。

普通は逆だね〜

って全然笑えないしクソ政権お前らがやれよ…

金のない20代の人間に、面倒見さすな。

国がやるべきだろ。

 

おバカなコロナ対策のせいで、危険にさらされてる人たちのことを考えると頭がおかしくなりそうだ。

 

母とはせっかく適切な距離を取れていたのに、弟は選挙も行かなかったのに首相○ねとか非現実的なことしか言わないようだし(いやもちろん選挙行ってなくても怒っていい状況だけど)、

こんな中、来店する客は皆狂人揃いだし、共感してくれるのは娘だけだと言う。(毒親お決まりのパターン)

私だって家にいるとはいえ精神的にきついけど、見殺しにできないから、今日も母が送りつけてくる遺書ラインに変なキャラのスタンプで返信をしている。

 

そんな状況でも、エミリーディキンソンにとっての創作が救いであったように、私にとっても同じ。

私は特権も金も無いからいつだってセルフ解毒、自分アゲ。壊れながら手作りの自分で生き延びてきた。

「そんなウチらに金と敬意を払いな。私の世帯の世帯主は私なんだよ、舐めんじゃないよ」と、粋な指使いとデカイ態度の限界突破DIVAが顔を出してる。

自分のために作った出来立てのバトルジャケットと青い薔薇のマスクを握りしめながら、めちゃくちゃ怒ってるし、めちゃくちゃ手洗いしてる。これはコロナウイルスへの怒りではない。

 

地獄の沙汰も金次第。全ては金に支配されているかもしれないが、自分自身だけは支配させない。

私の魂は私だけのものだ。

全ての人が命を尊重されるべきでその権利がある。

その証明すらも求めるって言うなら、たとえマスク越しでもしつこく声をあげ続ける。

 

 

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