潰したい胸の内側で 続き

前回のブログにも書きましたが、私はXジェンダーで、本名が性自認とは異なる女性の名前なので改名をすることにしました。

改名手続きには通称名の使用歴を証明できるものが必要な為、準備に数年間かかる予定ですが、

今後使う名前は「紫文(しもん)」に決めました。

大好きなエミリーディキンソンのアメジストについて書かれた詩(245 F261)とルネヴィヴィアンの「菫への祈り」から着想を得て、この名前を選びました。

友人知人には少しずつで大丈夫なので新しい名前で呼んで頂けると嬉しいです。

ご面倒おかけしてしまいますが、よろしくお願い致します。

潰したい胸の内側で

近所に、他人との境界線を理解してないような前時代的でお節介な高齢の女性がいて、よく話しかけられる。

その人は私とパートナーを夫婦だと思っていて、会うたびに私にもパートナーにも「子供はまだなの?」と言ってくる。

私はその度に、「子供は欲しくない」「私は女ではありません」とは言えずに、(言いたくもないけど)面倒ごとを避けてヘラヘラして誤魔化す。

その人に話しかけられるのが嫌で、窓から外を確認しないと出られなくなった。

たとえヘラヘラしてても何も答えない、情報を与えないことも抵抗ではある。

それでも嫌な思いであることに変わりない。

 

ただ、その人はこうあるべきから抜け出せず生きてきてこのまま変わることもなく、死ぬだけだから気の毒だとも思う。日本で女として生きていくのはマジ地獄だ。その人も地獄で生きてきたのだからと、その人に同情すらしてしまう。

 

病院の問診票の性別欄が二つしかなくて、仕方なく女に丸をつける時も、

書類に大嫌いな本名を書くときも、どうすることもできないで笑うしかない。

私は時々、ヘラヘラしながら生きてきた。

ヘラヘラは自傷行為みたいだ。

生きれば生きるほど引き裂かれる。

普段は仕方なく耐えてるけれど、ふとした瞬間に自分が壊れそうになってしまう。

色んなことを誰にも話せなくて、話せる人もいなくて、1人相撲のような堂々巡りが足を引っ張る。

 

私はXジェンダー(中性)でパンセクシャルだ。

Xジェンダーだと自分がわかるようになるまでは、出生時に割り当てられた性である「女性」らしくしなきゃと思い込んで、そうした振る舞いをわざとしてきたことも一時期あったけれど、ずっと自分のいかにも女だと分かる本名も嫌だった。


今は改名と胸の切除を考えている。

改名は通称名で数年暮らしてきた事実を証明できるものや医師の診断書が必要になるし、裁判所が確実に認める保証はない。

胸の切除も性別違和の正規医療の場合、医師の診断書が必要であり、当然高額な費用もかかる。信頼できる病院を探すのも簡単ではない。

 

どうしてこうもハードルが高く、証明ばかり求められるのだろうか。

 

ジェンダークリニックか相談受付してる団体に相談してみようかなと考えてるけれど、正直持病のパニック障害と気分循環症でいっぱいいっぱいになってて先に進みたいけど難しい。

 

今すぐには変えられないことばかりでうんざりする。何年もかけてるうちに耐えることに慣れたり、諦めたりしたら自分を殺したくなってしまう。どうしてすぐ変えられないんだろう。

 

それでもこの間、今通院している精神科の主治医には自分がXジェンダーパンセクシャルであることを話すことが出来た。パートナー以外に人に話したのは初めてだ。

通院しているところはジェンダーは専門じゃないからゆくゆく転院になってしまうかもだけど、先生はできる限りサポートすると言ってくれた。

一歩ずつだ。

本を読んだり、日記を書いたりして自分を励ましながら、なんとか生きてる。

問題は多いけど、時間がかかってもなんとか取り掛かっていきたいと思う。

 

超個人的な話になってしまったけど、今の気持ちを忘れないために、ここにあえて書いておくとする。

無憂宮

失くしたものを拾い集めよう。 気分一つで壊されてきたものたち。 自分の為の装飾やくつろぎ。 健やかなひととき。 自分に尽くしたい 真新しい気持ち。

私は私を選ぶ、それが私の夢。

詩 「無憂宮」より


東京で生まれた私は、小さい頃からあちこちを転々としながら育った。

ラップ現象が起こる平家、花火大会が見えた川沿いの家、いじめっ子が隣に住むボロいハイツ、人形だらけの祖母の家に居候していたこともあった。

8 歳の時に住んだ家族念願のマイホーム。かなり縦⻑で、家族の間では親しみを込めてロケットハウスと呼んでいた。ようやく引越しをしないで良くなると安心したのも束の間、ロケットハウスのクルーは父だけになった。他のクルーは父の暴力から逃れる為、脱出。祖母の家に不時着した。

成人してから暮らしたマンションは、フランス語で「憂い無し」という意味でドイツにある宮殿と同じ名前だった。

私がそのマンションで過ごした日々は憂いで満ち溢れ、私は私の王女さまではいられなかった。

気づけば楽しい引越しを経験することなく、引越しの回数が年齢を上回ってしまった。そのほとんどに自分の意思は反映されていなかった。

荷造りには慣れていたし、どこに住もうと自分が投げ出さない限り生きていけた。生きていくしかなかった。

友達を作るたびに離れ離れになって忘れられたし、自分も忘れようとした。

大人になっても転校生のままのような、孤独が拭いきれないでいた。


海外ドラマ「セックスエデュケーション」にメイヴというキャラクターがいる。高校生で、一人でトレーラーハウスに住んでいて髪はピンク色。 フリンジのジャケットをよく着ている。愛読書はヴァージニアウルフ、ロクサーヌゲイ、シルヴィアプラス。 才能や学ぶ意欲があるのに家庭環境に恵まれていなかったが、大学奨学金の為の適性 プログラムに合格。課題で「10 年後の私」を題に作文を書くことに。

その作文にはこう記されていた。

「10 年後には大きな窓のある家に住みたい。キッチンはテーブルと椅子を 4 脚置ける広さだけど、孤独を感じるほど広すぎはしない。多分孤独だから。でも窓があれば孤 独に潰されそうにはならない。盾となり、外の世界を見せてくれるから。」


私にとってメイヴが他人とは思えなかったのは、髪がピンク色だからでも、フェミニストだからでも、厄介な家族がいるからでもない。

自分と同じく、安全で孤独を感じない家に憧れていたから。

私は本物の無憂宮を見つけたかった。メイヴが描いた夢の「大きな窓のある家」のように、自分を解放し守れる場所を。

 

こびり付いて剥がれない意地悪な言葉。レッテルやダサいあだ名は飽き飽き。馴染もうとしては浮き、はみ出しものは嫌われる。孤独に立ち向かうには、丸腰ではとてもいられない。


小さな解放区の中でしか息をできないから、どこに住んでも部屋には必ず無駄でうつくしいものが必要だった。

くたびれたぬいぐるみ、壊れて置物になったオルゴール、ちぐはぐな古着、美術館や映画の半券、途中でやめた日記。今も変わらず生産性のない物に、生かされている。

お守りなしで生きられるほど、まともな大人にはまだなれそうもないから世界のどこでも自分の解放区にする勇気を持てるように、身につけられるお守りとしてバトルジャケットを作った。


「Stay Weird Stay Different」とハンドペイントした自作のパッチ、NO LADY SWEARS さんのハンキー、ルルイエさんの ZINE「BAD GIRLS GO EVERYWHERE」の付録のハ ーレイクインのパッチ、「Thinking is my fighting」と書いてあるヴァージニアウルフ のピンバッジ。はばたけそうなたっぷりのフリンジは、メイヴへのリスペクトだ。

それらを飾ったジャケットの色は白。これからはいくらでも汚したって構わない。悪い子はどこへだって行けるのだ。

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大島弓子さんの漫画「ロストハウス」には、自分だけの秘密の解放区から全世界を自分の解放区に変えた主人公のセリフがこう綴られている。

「この世界のどこでも どろまみれになっても

思いきりこの世界で 遊んでいいのだ わたしはわたしに言ってみた」

五月の朝の街を走り出す主人公に、私は自分を重ねた。

私が求めていたのは、自分に尽くして生きられる場所、それはどの街にもどんな建物の中にもない。

無憂宮は自分の意思で築こう(気づこう)としなければ、たどり着くことはできない。 どこにでも行ける象徴のジャケットを着て、私は私の解放区を開拓する。

魂はとびきり軽くして、手荷物は持たずに。

 

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セルフポートレート「道化師」

「道化師」をテーマにセルフポートレートを撮影しました。

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ピエロはその家の悲しみを吸いとってくれると言われている。

かつては裕福な家庭では魔除けとして「所有」されていた。

ピエロの目の下の涙マークは馬鹿にされながら道化を演じ、人を笑わせようとすることには悲しみがあることを表す。

白塗りの顔は死を意味する。自己自制し、感情も言葉もなくしていた過去を象徴している。

 

このセルフポートレートで表現したピエロの道化は自分の背負った、悲しみに抗うためである。

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「誰にも好かれる必要がないと早く知っていたら、違う景色を持ち続けられたはずの

愛すべき破綻者。

わたしはいつも道化師のほう。

恐れから視線を集めようとする。

わたしは乙女ではいられなかった。」


zine無憂宮「道化師と乙女より」

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セルフポートレート

今日は私の大好きな絵、金子國義先生の「ヘアピン」をもとにセルフポートレートを撮影しました。

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ポストカードしか買えなかった(今もだけど)、はたちの頃は金子國義先生の絵に憧れて、いつもお金もないのに耽美なものばかり追い求めていました。

はたちの頃の写真

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セルフポートレートのモチーフにした絵画「ヘアピン」は絵画の中の人物が長い髪を自らの手で切り落とした様子が描かれていて、Xジェンダーである自分にとって、自分の性自認に対して気づきを得たもののひとつでもあり、大好きな作品です。

なので、完全ななりきりにはしませんでした。自分がもし「ヘアピン」の絵の人物だったならという程で撮影しました。

 

いつかポストカードではない、本物の絵画を手に入れるという夢を追いかけながら、手作りと出来合いの毎日を延命し続けていこう。

 

 

 

 

菫色のベールのむこう

愛書家のための服飾・小間物ブランドである霧とリボン様で注文させて頂いた、エミリーディキンソンの詩の新訳付作品集『Emily’s Herbarium』

花々の匂いを携えて今日、私の元へ届けられた。

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(実は私は霧とリボンさまが運営されている、「菫色連盟」精神のシスターフッド、パンキッシュなアカデミーを目指す社交クラブの連盟員でもある。超ひそやかに暗躍中…⁈)

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霧とリボンさまから届くお品は、いつも菫色の薄紙に包まれている。

私には不思議と菫色の薄紙が、もう一つの世界と俗世を隔てる限りなく薄い膜を想起させる気がした。

包みをひらくとき、薄紙を破いてしまわないよう、王冠を戴く時みたく姿勢を正して慎重に触れた。

作品集は細部まで美しくて、エミリーの大切な庭や温室の景色が浮かぶよう。ページの手触りが異なっているのも素敵でめくるのが愉しくなった。

 

エミリーディキンソンの詩は、自分の孤独や痛みを否定せず共存し暮らす、すこやかな空気が感じられるところが好きだ。

自分だけが持つ世界に、守られている感覚を忘れないでいられる。お守りみたいに思っている。

ところで、最近私は医師から気分循環障害とパニック障害と診断された。

未だコロナ禍とはいえ人が街に戻りつつあっても、私は家から出られない日々を過ごしている。学校も今学年は休学すべきか考えているところ。。

(だからオンライン開催のイベントがあるとありがたくて泣けてくる…)

推測の域を出ないけれど、エミリーディキンソンも広場恐怖や社会不安があったのではないかと言われていて、勝手ながら親近感を感じている。

 

自分がただ家を建物だと思えば建物だし、聖域や城だと思えればその場所の意味や重みは変わる。変えられる。

ただ生きているだけで消耗してしまう、はみ出してしまう者にとって自分だけが持つ世界が支えとなる。作ることも守ることも自分にしかできない。

エミリーは自らの意思で、自分だけの聖域にこもることを選んでいたのかもしれない。

 

症状の影響で予定通りにできずに何度も色んな人に謝っては友人や機会を失くしてきたし、慣れても痛みは痛くないわけじゃないけれど

私の心身や頭に表れる症状はきっと、自分だけの世界を持ち続けるための抵抗なんだと思っている。

そう思えば歪な日々も身体も悪くないのかもしれない。

 

頭上に煌めく誰にも見えない王冠が

どうか、夜の長い季節を照らし続けられますように。

最近の日々のこと

最近私は、ピエロ人形たちと暮らし始めた。

自分への入学祝いに買ったコミック「ハーレイクイン ブレイキンググラス」のハーリーンのおばあちゃんの家はピエログッズだらけでとっても素敵だったから、私の部屋もハーリーンのおばあちゃんの家みたいになって嬉しい。

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ピエロはその家の悲しみを吸いとってくれると言われている。

このところの私は、悲しみに抗って暮らす日々を過ごしている。

 

実は今秋から再び高校生になったというのに、急激にパニック発作が多発してしまうようになり、まだあまり登校できていない。

週2日のスクーリングにすら行けないことにかなりショックを受けた。


今の状態で病院に行っても薬に頼るようになるだけで根本的な解決にはならないかもしれない、そう判断してしばらく病院に行かずに自分の認知を変えるため、ここ数年はセルフ解毒を試みてきた。

自分のトラウマや、考えられるありとあらゆる問題と向き合ってきた。

その甲斐あって頭の中は整理できたし、問題を明確にすることができた。


けれど問題や新たな認知の仕方がクリアになっていけばいくほど、精神と身体には負担がかかっていたようで、ついに限界を超えた。

のか…?


そこで久しぶりに精神科へ。

以前行った病院は男性医師で、高圧的な態度や言動があってきつかったので、スタッフも医師も女性だけの病院を探して、新しく通うことにした。病院選びは大正解。

医師は私が服用している低容量ピルにも理解があるし、何より私がどうしたいかをこまめに聞いて尊重してくれる人だ。

問題が自分でわかったからこそ、薬も適切な距離感で使っていけるし、どう対処していけばいいか医師と相談しやすくなったので、このタイミングで病院にまた通い始めたのは自分的には良かった。

医師と相談したら、私は躁鬱とパニック発作という組み合わせなので、抗不安薬を服用するタイミングはしばらく躁状態の時以外、パニック発作の予兆があるときにしようということになった。


1ヶ月くらい前は、なぜかスーパーのパンコーナーにいた時、発作が出た。

パンに囲まれてたせい?無意識にパンに恐怖を感じてた?とおバカなことを一瞬思ったが、昼間緊張する場所に行っていたから疲れが原因だったみたい。


パニック発作はなんで今?という時に限って出てくる。忘れた頃に。

 

薬を飲み始めて、なんとか短時間だけではあるけれど、とりあえず登校し始めることができた。薬が効いてんのかたまたまなのかわからないくらい、常に不安な気持ちだけど。

通信制の高校とはいえ、授業中の空間はそれなりに人が多い。人がいる空間が、今は辛い。教育を受ける機会と場所が今の私には必要不可欠だと感じ、それなりに勇気を出して入ったものの、こんなことになるとは思いもしなかった。


それでも、一応良かったことはレポートをやるのも勉強自体はとても楽しいということ。

あれだけ本を読むのも文章を書くのも苦手だった私が、1年間セルフ解毒のためにブログを続けたおかげか、レポートで自分の考えを書くのが楽しくて仕方ない。


だから早く自分の身体なんとかなんねぇかなと思うけれど、ゆっくりやっていくしかない。


私の推しのグループのメンバーも、最近同じ病気で活休から復帰したしきっといつか私も大丈夫じゃなくても大丈夫になれるはず。

時間がかかっても必ず卒業して、その先につなげて行きたい。

 

ヴィクトリア朝を代表する作家の1人であるジョージエリオットはこんな言葉を残している。

「なりたい自分を目指すのに遅すぎることはない。」

これは、私が編入試験の作文でも書いた言葉だ。発作が起きるたびに、何度もその言葉へ立ち返る。

 

精神疾患に対する偏見は未だにあるし、理解がまるでない人もいるから、前向きに治療してても辛いことは多い。

今日なんか健康診断だったんだけど、内科の医師に持病はあるか聞かれて念のため言うべきかと思ってパニック障害です。と答えたら「パニック障害は病気なようで病気じゃないからね〜」と鼻で笑われたので言って後悔した。

 

今日も世界はクソまみれ(byアンナチュラル中堂系)だし、私の戦いは終わりがないしウンザリするけれど、まだまだ繕い直しながら生き延びるよ。。。