彼女の夢

初めて母と2人きりでライブを観に行った。

10代からガンズアンドローゼズのファンである、彼女の数十年越しの夢が叶って私は心底ほっとした。母が別の人生を生きていたらとっくに叶っていたはずの夢だ。

母と私はたまに遊んだり、電話したりする。2人ともなんでも話せるような友達があまり多くないからかもしれない。

ただ唯一、スピッツの話になると音楽性の見解の相違で喧嘩になる。最終的にがんこ!おたんこなす!とか幼稚な言い合いになるほどには仲が良い。

けれども何年も関係が良くない期間があった。私たちが親子であり、虐待サバイバー同士であったり貧困があったり、家族至上主義的な価値観の国に生きていることだったり、それは複雑に絡んだ構造の問題によるものだったので誰が悪いとかはないけれど

別々の生活、人生を送るようになって、政治やジェンダーのこと、価値観のことを話し合えるようになったから今はほぼ他人として気にかけ合えている。

もちろん家族は個人の集合体なので、個人として尊重し合えないなら関わらなくていい。

親子だから家族だからという言葉でひとまとめに都合よく回収されてしまう関係は健やかなものとは呼べない。

ただ、それを選べない環境の場合の方が多いから(特に子が未成年の場合)必要な助けを求めることができる制度や機関が足りないのが問題だと思う。

母が21歳のとき、私の妊娠を理由に母と父は結婚した。

わたしなんか生まれてこなきゃよかったと初めて母に言ったのは幼稚園の頃だった。

母がこんな最悪な男(父)といるはめになったのは自分のせいだと、父に殴られて顔にひどい怪我を負った母の顔を見て幼いながらにそうすぐ理解した。

ずっと彼女の人生を台無しにしてしまったのではないかと思って生きてきた。

21で結婚、出産。若くして、生きたかもしれない人生を家族とはいえ他人のためによく使えるなと思う。私にはできない。21なんか絶対無理だし今の年でも無理。そもそも私は結婚は選択的夫婦別姓同性婚が導入されない限りおそらくしないし(すべての人が享受できない制度にフリーライドしなくないから)、今のところ子供は産まないつもりでいる。

彼女には家庭を持つことへの憧れがあったというので、結果的に思い描いた形には叶わなかったけれど彼女が選んだことなんだと、今は私が彼女の人生に責任を感じてはいない。

女性がこんなジェンダー後進国で生きること、女性がひとりで働きながら子供2人を育てることがどれほど大変なことで、まだ若い時にどんなに心細かっただろうか。どんな痛みを抱えたまま今日まで生きてきたか、今なら嫌というほど分かる。

私が小さい頃から母は「人と同じことをしてもつまらない。人と違うものを選べ」といつも言っていた。そうやって自分のこともきっと励ましていたのだと思う。

私たちはスタート地点が人と違いすぎた故に人と同じになりたくてもなれなかった、いつもふるいから落ちた外側にいた。

普通なら耐えらないような状況を何度も戦い抜いて、意志を持っていつも明るくいようとする(明るくしようとしなくてもいいのに!)強くならざるを得なかったとはいえ、彼女の生きる態度は常に誰よりもパンクだし、生きることが私たちにできる唯一の抵抗なのだということを私は彼女から学んだ。

私は彼女を心から尊敬している。

 

数ヶ月前から連絡するたびに

ガンズ楽しみ!とはしゃぎ、ライブに向けて髪に真っ赤なインナーカラーを入れて当日は誰よりも楽しそうに踊る彼女の姿は一等ピュアくて少女みたいだった。

これから先は自分のためだけに生きて、夢をひとつずつでも叶えてほしい。私はその度に何度だって貴女の背中を押したい。

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母からのライン、的確