マイ・ブラッディ・ギャレンタイン

「わたしだけの王冠」「荊棘を抜けてお茶をしながら生きていく」をテーマにエンパワーメントなカルチャーや愛するファッションのこと。心や体、家族や友人のことについて書いていきます。

Cash Rules Everything Around Me

詩人エミリーディキンソンは

「私の魂は私のものだ」 

(映画「静かなる情熱」より)

と言い放ち、時に花の香りや孤独や死を携えながら、同調圧力に抗い、自宅から出ずに詩を書きまくった孤高の引きこもりDIVAである。

私は大好きなDIVAに倣って、家の中で静かに抵抗をしている。

頭では怒りのデスロードを爆走しながら在宅ワークの合間、政府が不要不急の会見をするたび首相官邸へのご意見のページに意見を送りつつ、創作をしながら過ごしている。

それでも、現実はものすごい速さで殺しにかかってきて容赦ない。


ウイルスは平等に感染する可能性があるが、ウイルスによる経済的な影響は決して平等ではない。

特に裕福な家庭で生まれ育った坊ちゃん議員や、知る努力を怠る無知で差別的な議員のいる政党が回す、家父長制の残りカスのような国ではこうした状況下で機能不全家庭、女性や子供は特に影響を受けやすく、安全も健やかさも教育も奪われながら生きることになる。

 

そしていつもいつも、命を選別するふるいから落とされている。私の家族も例外ではない。

 

私の母は、小さい頃の輸血が原因である病気を患っている。輸血をした病院はカルテを破棄。カルテがなければ証明できないので、国からの給付金はもらえなかった。

経済的な事情から治療が続けられず、今も完治していない。

現在母のパートナーは2月に自殺未遂をして入院中、私の弟はパワハラを受け退職、求職中。

そこへ世界的なコロナウイルスの感染拡大だ。

 

元々生活がギリギリだったのに、マスクや消毒で出費はかさむし、会社に対しての国からの補償もないから会社は休業できないでいる。母は毎日出勤するしかない。

持病があるからリスクもあがるかもしれない。それでも減収証明ができなければ、給付金はもらえない。

 

あらゆる国で一律給付や補償が行われている中、なぜ日本では給付に値する人間かどうかを証明をしなければならないのか。

 

私たちはいったい何度、国から命の選別にかけられ、そしてそのふるいから落とされるのだろうか。

 

母から毎日遺書のようなラインが届く。

私はその度に変なキャラのスタンプを送るぐらいしかできない。

電話では「一律給付なければもう首吊るしかないかも」と言われた。かける言葉がなかった。‬

 

私も余裕があるわけじゃないけど、実家に食料と少しの現金を送った。

普通は逆だね〜

って全然笑えないしクソ政権お前らがやれよ…

金のない20代の人間に、面倒見さすな。

国がやるべきだろ。

 

おバカなコロナ対策のせいで、危険にさらされてる人たちのことを考えると頭がおかしくなりそうだ。

 

母とはせっかく適切な距離を取れていたのに、弟は選挙も行かなかったのに首相○ねとか非現実的なことしか言わないようだし(いやもちろん選挙行ってなくても怒っていい状況だけど)、

こんな中、来店する客は皆狂人揃いだし、共感してくれるのは娘だけだと言う。(毒親お決まりのパターン)

私だって家にいるとはいえ精神的にきついけど、見殺しにできないから、今日も母が送りつけてくる遺書ラインに変なキャラのスタンプで返信をしている。

 

そんな状況でも、エミリーディキンソンにとっての詩の創作が唯一の救いであったように、私にとってもこんな時はいつもに増して創作が救いだ。

私は特権も金も無いからいつだってセルフ解毒、自分アゲ。壊れながら手作りの自分で生き延びてきた。

「そんなウチらに金と敬意を払いな。私の世帯の世帯主は私なんだよ、舐めんじゃないよ」と、粋な指使いとデカイ態度の限界突破DIVAが顔を出してる。

自分のために作った出来立てのバトルジャケットと青い薔薇のマスクを握りしめながら、めちゃくちゃ怒ってるし、めちゃくちゃ手洗いしてる。これはコロナウイルスへの怒りではない。

 

地獄の沙汰も金次第。全ては金に支配されているかもしれないが、自分自身だけは支配させない。

私の魂は私だけのものだ。

全ての人が命を尊重されるべきでその権利がある。

その証明すらも求めるって言うなら、たとえマスク越しでもしつこく声をあげ続ける。

 

 

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ファン修行と自分推し

ファン爆誕

推し、担当、ご贔屓…。

入っていけないような、ずっと憧れていた不思議な好きの一体感。

中学生ぐらいの頃、クラスの女の子たちはアイドルのファンクラブに入っていて、いつも推しの話で盛り上がっていた。

私はその輪にいつも入れなかった。

 

アイドルファンなんて、なんの心配もなく普通の子供として暮らせている、余裕ある家の子の特権だと、羨ましくて僻んでた。

 

けれど私は、大人になって自分で稼いだお金を好きに使える。自分の「好き」に時間を割けるようになった。

 

集団が苦手で、アイドルに興味も無く、誰かのファンになるなんて思いもしなかった私だったけれど、

25歳にして初めて、アイドルファンになった。

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セクゾアンジュルムを好きになったのだけどアイドルファンになるの初めてでベストな応援の仕方(?)がわからないんだけどファンクラブに入るべきかな?

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というツイートを年末の暇な日に、なんとなくしてみたところただの独り言のつもりだったのに、Sexy Zoneのファンの方たちが70人近くがいいねやリツイートをしに来てくださった。


私はめちゃくちゃ内気で、普段そんなにSNSでコメントし合うとかの交流多い方じゃないから、ツイート基本的に全然伸びないのに反応が多くてびっくりした。

すごい応援力だ…!

その中で1人の方が、

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ベストな応援の仕方というのはないのですが

マリウスと世界観が合う方と見受けましたのでFCに入ってマリウスの監修した動画をぜひみてもらいたいと思います

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とコメントを下さった方がいた。

すごく丁寧に愛のあるコメント、ツイッターの私のアカウントを見て私の世界観(その方が言って下さった)を汲み取って、マリウスさんの世界観に合いそうと考えて、マリウスさん監修の動画を勧めて下さった。

むしろその方のファンになってしまいそうだ…。


急速にSexy Zoneファンへ


Sexy Zoneを好きになったきっかけは

マリウス葉さんが以前、どんな人が大人の女性だと思うかという質問に対して「NOがきちんと言える人」と答えていたり、

lol patriarchy(通称:家父長制ワロタ)」Tシャツを着ていたりしたこと。


また、中島健人さんが男性ファンの方に「僕たちは結婚だけができないね」(おそらく日本では同性婚が認められていないからという意味で)と言っていたり、

ファンの呼称だったセクシーガールズ(ボーイズ)をジェンダーの観点から「セクシーラバー」に変えたりと、なんとゆージェンダー観のまともさとファン思いなグループなんだ!と驚いた。

まさに、「時代を作る」新しいアイドル。


ぶっちゃけると、今までSZの曲はあまり好きじゃなかった。と、いうより印象が薄かった。

(ひよっこファンなのに生意気言ってごめんなさい。)


そんな中、昨年発売された楽曲「麒麟の子」の歌詞が今のSZメンバーのイメージにぴったりな気がして、グッときてしまった。


[ついて来い、たてがみを隠さずに 

勇気ある はみ出しものよ]

麒麟の子」より


この曲は映画「ブラック校則」の主題歌。

映画は「ブラック校則」のある高校が舞台。

生まれつき栗色の髪を黒く染めることに反発して、不登校気味の希央(モトーラ世理奈さん)に恋心を抱く小野田創楽が(佐藤勝利さん)親友(高橋海人さん)と共に「ブラック校則をぶっ潰す」ことを決意。

彼らの行動が学校全体を巻き込む事態に発展していくというストーリー。


ジャニーズのグループが、こういった反骨精神を感じさせる曲を発売したことが、私的にはかなり新鮮だった。


メンバーそれぞれが、自分たちらしさ、それぞれの良さや考え方などオープンに活動しているところに勇気がもらえるような。

ジャニーズらしさに囚われていない(私的に)メンバーたちの、歌や踊りだけに留まらないパフォーマンスが素敵で好きになった。


そして、今年2月初旬に発売されたニューアルバムの「POP×STEP⁉︎」のDISC2ではメンバーたちが1人1曲作詞に参加している。

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もともと感性が素晴らしいかたたちだけに、自分の言葉で表現したときに、こんなにも一人一人の魅力が引き立つなんて…!と感激。

ますます、目が離せなくなった。

 

活動を追いかけていくのが、こんなに楽しいなんて!


同時期にアンジュルムファンに

アンジュルムを好きになったきっかけは

翻訳家で、作家の野中モモさんがGQ japanで連載されている「モダン・ウーマンをさがして」で取り上げられていた「アンジュルムック」についてのコラムを読み、すごく気になっていたからでした。

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アンジュルムック」は蒼井優さんと菊池亜希子さんが編集長を務め、アンジュルムの良さを引き出したアンジュ愛に溢れた特別な本。

アンジュルムックは「少女を消費しない」ということを、制作する上でテーマにされていたとか。素晴らしすぎる…。

 

蒼井優さんと菊池亜希子さんが、別のあるインタビューで「バラバラな個性を認め合うのがアンジュルムらしさ」ということについて語られていて、あっこれはもしかしてGlee的感覚では…?とGleekにも響いたのでした。

(※GleekとはアメリカのドラマGleeのファンの呼称)


そしてネットでも話題になっていた和田彩花さんと笠原桃奈さんのエピソード。

「口紅の色が濃い」と一部のファンに叩かれた笠原さんに対して、和田さんが卒業の際に「これからも好きなリップを塗りなさい」という言葉を贈ったという。

 

一度は笠原さんは年相応目指しますと、発言していたのだけど

「もう和田さんにいちいち言葉をかけてもらうことはできないから、これからは自信を持って何かに怯えて、何も出来なくなることはしません!好きな色のリップを塗って生きていきます!笑」と答えていた。

 

そんなエピソードのあるアンジュルムが歌う曲は、自分アゲの曲が多い。疑似恋愛ソングよりも自分アゲソングが似合うグループだと思った。

もちろん恋愛の曲もあるけれど、男の理想に合わせた目線ではなく、自分を持った女の子の目線の曲で彼女たちの個性に、めちゃくちゃ励まされるし憧れる。「赤いイヤホン」は10代の時に出会いたかった…。

特に「乙女の逆襲」「I無双strong」「私を創るのは私」はDIVA感のあるエンパワーメント曲で強い!かっこいい!

 

MVもいかにメンバーがカッコよく見えるかを、大事にした撮り方をされている気がする。カメラワークも、変に性的な比喩や切り取り方をしていない。

何よりハロプロのアイドルたちは、健康的で個性を押し込められることなく、活動されているかたが多いような気がするので安心して応援できる気がする。


好きよりも強い「なりたい」憧れ

SexyZone、アンジュルム、両グループとも男性や女性としての魅力や可愛いさとかではなくて「なりたい」と思わせるかっこ良さを持っていると思う。


ファン修行のはじまり

さて、ファンになりたての私はアイドルのファン活動を一体どんなふうにやっていくのがベストなのだろう。

 

一般的にはこんな感じだろうか。

・ファンクラブに入る

・コンサートに行く

・CDを買う

・グッズを買う

 

しかしアイドルファンの醍醐味とも言えるであろう、コンサートに行くには一つ問題がある。

これも最近わかったので、まだ人には全く話してなかったことなのだけど、実は私はパニック障害を治療中。

人が多いコンサート会場へ行くのは当分難しい…。

好きを他の人と共有、共感するのはきっと楽しい。でも私はやっぱり集団は苦手だし、発作も心配。

推しのためには、出来る限り課金したいのだけど生活あるし病院代もあるし服も欲しいしな…。

そこで私は「マイペース在宅ファン」を目指すことにした。

正直こんなゆるいのは、一生懸命に応援している方からすると、だめなファンなんだろうな…。

 

でも私にとって推しも大事だけど、私にとっては自分も推し!自分も大事!

体調や向き不向きを考慮して自分の部屋から自分のペースで、できる範囲で応援をしたい!

 

たまには多数派になりたいけど、無理に合わせずに自分に合う応援の仕方を見出して、マイペースに「好き」を磨いていきたい。


推し/自分推し

私は母から胎教にガンズアンドローゼズを聴かされて生まれて、幼少期はほんとは聴きたかったあゆを禁止され、洋楽やハードロックを聴いて育った。(もちろん洋楽もハードロックも好きだけど)

 

アイドルソングへの興味は皆無。

初めて買ったCDは、せめてもの反抗に(?)母があゆの他に嫌っていたジュディマリ

(YUKIはずっと私にとって一番のDIVA!)

 

10代はなんだかねじ曲がった感じのインディーズバンドにハマり、ねじ曲がった青春を過ごしました。

 

最近はセルフ解毒の為に、gleeのサントラばかり聴いていた。

(※セルフ解毒とは私が勝手に編み出した、毒親育ちが自分自身で毒を解いていく為のライフハックのこと)

 

音楽は生きる為、気を紛らわせる為に欠かせないけれど、流浪の民と化してた私が辿り着いたのは、推しだったのか…。


大袈裟かもしれないけれど、それはいくつになっても変わり続けられるし、いくらでも好きを集めていける、という新しくて素晴らしい気づきだった。


かつて、モーニング娘。が「シャボン玉」という曲の中で歌った

「恋をするならこの次は

あんた名義の恋をしな」

というフレーズから17年が経った。

 

私はこのフレーズが、かっこよくて大好きだった。

 

17年の間にどっかのおっさんが、少女たちにグロテスクな少女の性搾取を連想させる歌詞や、シスヘテロ男性目線中心のアイドルソングを歌わせてたこともあったよね。


「女の子は可愛ければいい、頭空っぽでいい」とかアホなこと歌わせてたよね。

 

(まじダイアナアグロンを、世の女たちを馬鹿にしたあの曲を、私は1ミリも忘れてないからな)

 

そんなもんがいつか埃かぶって、誰も思い出しもしない過去の曲、過去のアイドル像になってくれたら…。

まだ時間はかかるかもしれないけれど。

 

それでも17年前よりもさらに強く自分アゲを肯定してくれる、もやもやした人に言いにくい気持ちに寄り添って勇気をくれる。そんな可能性を持った、新しいアイドルたちがいる。

夜明けは近い。

 

推しから、パワーをもらいながら

わたし名義の好きを追いかけて

わたし名義の人生を生き延びる。

もしそれが、一時的な熱や思い込みでもその気持ちに賭けて、進んでいきたい。

 

今回のセルフポートレート

作品テーマは「自分推し」

誰かを推す気持ちと表裏一体になっているのは、自分自身を愛すること。

自分自身を大切にすることなくしては、自分の「好き」は守れない。

自分推して、自分名義の「好き」を守っていきたい。

 

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GALENTINE'S DAY

明日、2月13日はギャレンタインデー!

昨年もブログに書きましたが、念のためおさらい。

 

ギャレンタインデーとは

GAL+VALENTINE=GALENTINE

バレンタインに対するカウンター的な意味を持つ、シスターフッドを祝う女の子の為の新しいイベント。

アメリカの人気ドラマ「Parks and Recreation(パークス アンド レクリエーション)」で、主人公がバレンタインデーの前日に失恋した親友のためにランチパーティを開いたシーンをきっかけに広まった。

男のためとか義理チョコ文化とかぜんぶスルーして女だけで祝おう!という日。

 

そして明日は私の誕生日。

毎年誕生日は修羅場。父親が失踪、父親に母弟私の私物をゴミ置き場に全部置かれる、祖母が医療ミスで死去、母のパートナーが失踪など。そして今年は母のパートナーが自殺未遂で入院したり、海外通販で頼んだTシャツが日本に届いてるけど国内で行方不明になっていたり。

という例年通りの誕生日です。

 

そんな楽しくない誕生日を励ますために、私が自分で名付けた活動名(RIKA GALENTINE ROSE)は、ギャレンタインデーにちなんで付けました。

 

ギャレンタインデーが

ヘルジャパ生き延びシスターたちにとって

自分推しの日になることを願って。

今回のセルフポートレートは「自分推し」をテーマに制作しました。

明日公開します!

 

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おまけ

私はついに、明日からは25ansキック(漫画「ハッピーマニア」参照)も出せる25歳になります!

前回のブログにも書きましたが、以前からちまちま書いていた散文詩に、いつか曲を付けたいと妄想しながら、架空のミニアルバムZINEを作っています(曲なし)

 

ミニアルバムのタイトルは

「UN HOLY GALENTINE」

その中から一曲(曲ついてないんだけどね)、ギャレンタインデーにちなんで掲載してみようと思います。

 

「UN HOLY GALENTINE」

 

お洋服が決まらない

永遠に外に出られない

天の神さまの言うとおり

決めてしまう

大人なのに

まだNOを言う練習中

 

へらへらするのはもう限界なのに

 

泣かないように 課金して

死なないように 生きている

 

ホームから落ちそうになったら

傍らに猫がいるのを思い浮かべる

落ちないように電車を待ってる

 

輪っかの大きなピアスで

強くなれた気がした

昼も夜も自分でいたい

フリルの悪魔にもなりたい

 

わたしに合うもの

値段とすり合わせて

自分で買うし

買えないものもあるけど

好きなもの ちゃんと守ってきたんだよ

 

あの子みたいに丁寧に暮らして

毎日を積み重ねていけない

あの子みたいには

けっしてなれない なりたくない

 

みんな実家に犬いすぎ

みんな実家ありすぎ

羨ましい正月は嫌い

好きな人と家族になれない

なのに払えないよ他人のご祝儀

 

わたしの毎日 いばらのみち

親友達 ほとんどいないようなもんだし

帰る故郷 飾る錦もないから

私は私でやっていく

 

花は枯れるし お腹がいたくて 

投げ出してしまう

自分の涙で溺れてしまう

 

何がマシにしてくれる

何がわたしを救ってくれる

何もなかった 誰もいなくても

 

なれなかったギャル

マインドだけ お借りして延命

ため息で息吹き返す

なれないよポピュラー

マインドも 追いつかずまだ存命?

背伸びが足りない

 

上書きしたいよ運命

一段飛ばしで巻き返す

 

ダマスクかトワルで

高貴に生きたい

少し残酷なくらいの

悪魔になりたい

 

昼も夜も私でいたい

根暗すらも強さ 開き直り

きらいなものも わたしになっていく

痛いことも すべて忘れたくない

ため息で 密度薄めて

思い込みで たましいを軽くする

 

 

「FEMININITY 0YEN」

私はもうすぐ25ansキック(漫画ハッピーマニア参照)が出せる歳になるので、今年は新しい試みを始めてみました。

以前からちまちま書いていた散文詩を元に、いつか曲をつける事を妄想しながら、架空のミニアルバム(歌詞のZINE)を制作しています。

その中から一曲(曲ないだけど)公開します。

最近のクソ、全部煮込んだ不満昇華ソングです。(曲ないけど)

 

「FEMININITY 0YEN」

作詞:RIKAGALENTINE ROSE

 

パッド入りブラ ハート柄ナプキン

脱毛の広告 戰慄のダサピンク

見くびられたものだね

うちらもっとハードコアライフ

ひた走る怒りのデスロード

 

産めよ育てよ働けよ いつだって美しく

飯作れ機嫌取れ 俺より稼ぐな

男の分もついでに 起こせよムーブメント

女の自由許せない監視体制

NOT ALL MEN それしか言えない

聞けよ また遮る

まだ私の話は終わってねえ


制服はスカート 髪は黒 下着は白

ストッキング パンプスは必須

無駄な規則 清楚正装の賛美

ルッキズム エイジズム

スワイプで消せ 

ガーリー強制 土葬でK, O

 

女らしさ0YEN搾取

困ったときは母性で解決

ダサピンクキラキラ誤魔化しは効かない

 

使い古しキャットファイト演出

安上がりバラエティー

ありきたりミソジニー

分断は拒否 人ん家の猫動画でも観とけ

 

モラウヨ政治 雑な女性活躍推進

産まないのが悪い 口のきき方気をつけな

自己犠牲礼賛

大和撫子 良妻賢母

処女崇拝 母性神

スワイプで消せ

女らしさ妄想 火葬でK, O

 

女らしさ0YEN搾取

細やかな気配り 払え 金と敬意

ドレスと指輪じゃ もう騙せない

うちら産む機械にも 

無料介護要員にもならない

 

血にビビる 血にこだわる

男らしさ執着 ホモソで何を守ってる?

無知を暴力で解決か?

匿名でしか モノ言えぬ小モノ

武器を買わなきゃ戦えないなら

もういらないでしょ下駄を脱がせる

 

うちら暴力に頼らない

だって十字架仏像 気軽に頼れない

頼りになるのは自分 

うちらだけは健やかにやっていく

 

伝統的家族観壊せ 

召しませ 25ansキック

家父長制笑い飛ばす Sublimateかます

自分アゲに慄け こちとら擬態してただけ 

感情的で何が悪い 

 

うちら人間らしさ至上主義

誰かのために 生きてない

セルフ解毒 生き延びてきた

 

女らしさ0YEN搾取

払え 金と敬意

戰慄ダサピンク解放

gender is over

gender is over

gender is over

華麗なる逆襲

父親からの虐待やモラハラ元彼のことなど、過去から立ち上がりはじめたこの1年のこと。

秋に書いたものを「かがみよかがみ」というサイトに応募してみた。

クリスマスイヴの今日、エッセイが掲載された。


エッセイについて書き始める前に、かがみよかがみに掲載されているある座談会の記事について、私が思ったことをどうしても書いておきたい。

ちなみに長いです。(どうしても整理しながら書きたかったので)


かがみよかがみといえば、

上野千鶴子さんと女性4人で行われた座談会の記事の、セックスワーカーについての発言がツイッターで議論になった。

私はその記事を見る前にエッセイを応募していて採用がすでに決まっていたけれど、座談会の記事内でのセックスワーカーへの差別発言は一切賛同できない。


かがみよかがみは、今年の8月29日に開設されたばかり。サイトの方針や企画は、まだ模索しながらの運営なのではないかとも思うところではあるが、問題となっているのは

・上野さんのセックスワークと少女売春、セックスに対する女性の主体性を並べての、セックスワーカーへの差別的な発言。

・その後掲載された、かがみよかがみ編集長である伊藤さんの座談会記事についての文。


以下、座談会記事の気になった箇所を引用、抜粋しながら私の考えを書こうと思う。

引用部分-----------------

[Ruriko:上野先生の著書で、「一般の女性とセックスワーカーの差異がなくなってきている」というのを読んで、昔の私だと思いました。過去にワンナイトした相手にお金を少額ですが、もらいました。全く気持ちもなかったしヤケクソな感じのセックスだったので、まあいっかくらいでラッキーくらいの気持ちでした。

「自分の身体って売れるんだ」と素直に思ったんです。リスクもあるのでセックスワーカーになろうとは思わないのですが、女性を下に見る男性に加担している気がしました。セックスポジティブという言葉も最近はありますが、セックスをポジティブにとらえるというのはどこまでがありなのか、わからなくなりました。]

[上野:え?ていうことは、あなたたちは、自分の性欲からセックスしているわけじゃないの? 男にセックス「してあげてる」の?]

:

:

[薫:でも私使い捨てる自分が、「異性を性的に搾取して、支配欲を満たして自分の力を自覚するためにセックスしてるな」「すごくおっさんやってんな」」って思うんですよね。男性と同じことやってる気がして。いいんですかね?]

[上野:互いにイーブンだったらいいじゃない。相手のシナリオとあなたのシナリオが一致して、お互いを消費しあえばそれでいいじゃない。]

[薫:う~んでも男と同じことやってるなぁって…。そもそも平等なセックスとか考えてるのがあほらしいんでしょうか?]

[上野:いや、そんなことないよ。平等なセックスの方がずっと楽しい。カジュアルセックスをしているある女の子にね、「あなたセックス楽しいの?」って聞いたら「ううん」って答えたの。「男に求められるのが快感だからやってる」っていうのよね。]

:

:

[上野:セックスの基本の「き」はね、欲望っていうものが自分の中にあることを認識して、その欲望の主体になれるかどうか。男は欲望をあからさまに出してくるから、主体性を持っていないと女は「やらせてあげる」になっちゃう。だから、「やらせてあげた」自分に満足することになってしまうのよね。

欲望の客体となって「やらせてあげた」セックスよりも、欲望の主体になるセックスの方が、クオリティは上がる。上げるためには、お互いのシナリオのすりあわせをしないといけないけど、そのすりあわせは1回や2回のカジュアルセックスじゃできないでしょう。


私がセックスワークや少女売春になぜ賛成できないかというと、「そのセックス、やってて楽しいの?あなたにとって何なの?」って思っちゃうからなのよ。

自分の肉体と精神をどぶに捨てるようなことはしないほうがいいと思う。]

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かがみよかがみ 特集:上野千鶴子さん×かがみすと 「上野さんに質問 ベッドの上では男が求める女を演じてしまう」   /記事よりhttps://mirror.asahi.com/article/12881008

 

まず、セックスワーク性風俗における性的サービスの提供をする労働であり、少女売春つまり児童買春は犯罪行為だ。(児童買春、児童ポルノ禁止法において、買春した者、斡旋した者などの犯罪)

セックスワーク、少女売春、セックスの主体性の三つを一緒くたにするのは間違いである。


法律では児童買春をした者はたとえ児童本人と同意があったとしても、相手が13歳未満であれば、強制性交等罪や強制わいせつ罪が適用され、罪に問われる可能性があるとされている。

しかし13歳以上であっても未成年の場合は、精神的、体力的に差があり、妊娠や性感染症のリスクをお互いに理解できている可能性や、性交を未成年側が拒否する自由や安全が確かなものではない。

少女売春は売春をせざるを得ない状況に追い詰める大人や環境、買う側の大人の問題であり、少女売春をした少女に対して「そのセックス、やってて楽しいの?あなたにとって何なの?」と言えるのだろうか。

 

全て読んでみて思ったのは、上野さんはもしかしたらだけどセックスポジティブでも女性が主体性を持ってセックスをすれば、異性を性的に搾取して、支配欲を満たすような男性優位のセックスに加担することにはならない。

その為には、女性の主体性を奪う少女買春を許さない排除するべき、ということを伝えたかったのではないだろうか。


労働ではないセックスに対する主体性と、セックスワーカーの労働としてのセックスに対する主体性は別問題だ。

セックスワーカーの労働に対する主体性を見ずに、セックスワーク自体を性的搾取と見なすことは、セックスワーカーへのスティグマ(不名誉や屈辱を引き起こすもの、負の刻印)である。

そのスティグマこそが、セックスワーカーに対する暴力や差別を助長しており、セックスワーカーの犯罪被害につながってしまう。

 

セックスワーカーの権利保障や差別撤廃を目指していくべき中で、セックスワークを労働と認めずに、労働と労働ではないセックスの主体性を混同して語ることはセックスワーカーの人権を侵害することだと思う。

 

次に、座談会記事公開後に編集長が出したコメントについて。

引用部分-----------------

[編集部としては、セックスワークについて取り上げたとしても、職業差別や侮蔑につながるような表現はしません。ですので、「セックスワークは肉体と精神をどぶに捨てるようなこと」という発言であれば掲載していませんでした。

一方、「主体性がないセックス」の是非については、特定の誰かについてではなく、行為についての議論なので、「肉体と精神をどぶに捨てるようなこと」という強い比喩表現もあり得ると考えました。

しかし、結果として、職業差別や侮蔑ではないかとのご指摘をいただくことになったのは事実です。主語を補うなどして、誤解されないようにするべきでした。編集上の不手際でした。申し訳ありません。]

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かがみよかがみ 特集:上野千鶴子さん×かがみすと 「上野千鶴子さん×かがみすと」企画について  /記事よりhttps://mirror.asahi.com/article/12921259

 

編集部としては上野さんの意思を尊重し、補足や削除といった対応はしないとのことだったけれど、やはりセックスワークや少女売春についての補足は必要だったのではないか。

色々な考え方があり、誰の考えも否定していないし、異なる意見や考えを全て尊重したいというのはわかる。

その為には補足などが必要だったと思うし、差別的な発言に対して何もしないというのは、意見を尊重することとは別なことだと思う。


なぜ、記事の読者は差別的な発言と捉えたのかを掘り下げて、その背景について考える責任があるのだと思う。

 

座談会後に掲載された、座談会に参加していた女性たちの感想レポートを読むと、上野さんのセックスワークについての発言に対する感想や意見はなかった。

座談会のメンバーは上野さんをレジェンドでフェミニストの先輩だと思って、座談会への参加をしたものの、実際に話してみると"レジェンド的フェミニストとしての発言"であるはずの上野さんの考えや発言は、想像していたものとは違うものでモヤモヤした、という内容が多く見られた。

 

引用部分-----------------

上野:ひとつのムーブメントが起きても、それに賛成する女もしない女もいる。賛成するにしても、いろんな理由がある。私は結婚制度そのものに反対だから、選択的夫婦別姓に積極的になれないけれど、そうでないよりましだから、反対はしない。いいじゃない、それで。What’s wrong?(何が悪い?)全員一致で何かやらないといけないの?

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上野:原理主義フェミニストみたいに、すっぴんでブラしない、メイクもしない、みたいなフェミもいるし。でも私はおしゃれも好き。おしゃれして、Whats’s wrong? って思えばいい。彼女たちに同意はしないけど、否定もしない。

Ruriko:フェミニスト同士も、お互いを批判してもいいってことですよね?

上野:あったりまえよ(爆笑)。私たちはいっぱい論争してきたのだから。

上野:私が絶対的な正しさでなければいけない理由はなにかある?私の発言は、何度も炎上してきたわ。What’s wrong?なんで私が正しさの基準になるの?批判したいひとはすればいい。首尾一貫してないのはなぜか、それは私が変わったからよ。変わったからってWhat's wrong?私が気持ち悪いと思ってることを、Twitterで伝えちゃだめ?

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かがみよかがみ 特集:上野千鶴子さん×かがみすと 上野さん「野蛮な靴と思ってなにが悪い?フェミも多様なの」

/記事よりhttps://mirror.asahi.com/article/12881204

 

上野さんが言うように、第一人者と言われてもフェミニズムにまつわる運動などはみんなでやってきたこと。そして上野さんが、必ずしも正しいフェミニストでいる必要はない。

フェミニストには多様性があると思う。


しかし、多様なフェミは何を言ってもいいのだろうか。


私は以前、フェミニストを公言している知人に年の差のある恋人ができたことを話した。

その知人は「じゃあ高いバッグとか買ってもらいなよー!」と言った。

私は一瞬え?と思いつつも

「いや、私たちはお互いを尊重しあってるし自立した大人同士だから、私が彼に何か買ってもらう必要も彼が買う必要もないよ。欲しい物は自分で買えるし、買えない物は今の自分に合ってないだけだからそれを目標に頑張るよ。」と答えた。

それでも知人は引き下がらず

「えー買ってもらえばいいのに」と言った。

という事があり、しばらくずっとそれが引っかかって、悔しかった。

それは私が主体性を持ってしている交際であるし、相手もそうで、お互いを尊重しているのに、あたかも私が年上と付き合うのは相手の経済的な部分を求めているからと言いたいのでは…?と侮辱的な発言に思ったから。


そしてなにより、フェミニストなのにそんなこと言う⁈と思ったからだった。


でもフェミニストなのにこう思ったらだめ、こう振る舞ったらだめということは、私たちが普段押し込められてきた社会的な規範とされているものや、ジェンダーロールと同じなのではないか。とは言え知人による、私と恋人に対する決めつけも同じことだ。


多様なフェミだから何を言ってもいいのかというとそうではない。


だからこそ忘れてはいけないのは、専門家だろうと一般人だろうと一人の人間として、私たちが多様であるように、人の事情や暮らしを多面的に想像する努力は必要なのだと言うこと。


結局、どっちつかずじゃないかと思われるかも知れないけど、批判や決めつけるだけにとどまってしまうのは危険なことでもあると思う。あらゆる角度から考える必要がある。

 

どれだけ考えてもセックスに対する主体性についての議論の中に、セックスワーク(仕事)と少女売春(買春、犯罪)を持ち出した発言は賛同できない。

その発言をしたのが、上野さんだろうとなかろうと同じことだ。

発言に対してこんなふうに議論になってみないと、ここまで考えられなかったかもしれない。それは私だけではないと思う。


偏らず、過信しすぎず、自分の考えもこまめに客観的に見つめ直すこと。

そして想像するには知ること。

どんなことも自分ごととして、いろんな角度から考えることの重要さを改めて感じた。

自分も知らず知らずのうちに、誰かの足を踏んでしまっていても気づかないかもしれない。その可能性は、誰もが常に隣り合わせに持っていることだから。

 

長くなってしまったけれど話を冒頭に戻して、私の書いたエッセイのことについて書きたいと思う。

私のエッセイが掲載されたサイト、かがみよかがみのコンセプトは「私のコンプレックスを、私のアドバンテージにする」

それはこの1年間で、まさに私がしようとしてきたことだった。

私はかがみよかがみのコンセプトに、すごく共感した。

私は自分の、手垢まみれ絆創膏だらけの記憶や痛みをなんとかしたかった。

その思いでずっと自分を励まし続けた。

もちろん今みたいに、自分のブログで書くのでもいい。

だけど同じようになにかを抱えた人や、日々思うことがあって思いの行き場を必要とする人のエッセイが集まるサイトに応募したのは、自分が励まされたり、誰かを励ましたりすることができるかもしれないと思ったからだ。

 

時間がかかりながらも、ようやく自分の痛みに向き合い始めることができて「個人的なことは政治的なこと」という言葉の通り、自分だけに留めずに、人の痛みを自分ごととして考えることを大切にしたいと思った。

だからこそ、うるさくてもお節介でも私はあらゆる差別やハラスメントに対してはっきりNOと言い続けたい。


まだPTSDパニック発作は完治はしてないけれど、自力で私は私を取り戻してきた。

自分には自分がついている。という強みと弱み。終わりが見えない戦いの孤独を感じる中でも、毎日記憶の中のクソと現実のクソの調理をしながら、せっせと自分を励ましている。

 

うんざりもするし、いつまで励ませばいいんだって思うし、苦しむ前の心身ともに健康なわたしを返せって思ってマジむかつくけど、いつか自分の力で悪夢を追い払えると思う。

 

なんとか生き延びていれば、何度でも自分の力で生まれ直すことができること。

同じようにクソの調理に追われたり、戦いの真っ最中のシスターたちに伝えられればと思う。


そのために私は今、生まれ直しているんだ。

生まれたてバチバチのメタルで、ジェムな感覚と厄介な感性で。

私は今日もごめん遊ばせと中指を立てながら、修羅場を超えてお茶をして生きていく。


それが私の優雅な復讐であり、

華麗なる逆襲である。

 

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魔女の肖像

子供の頃、空想の中で彼女たちは私の親友だった。

自分を励ますための魔法を教えてくれたのは魔女だった。


大好きな魔女を挙げたらきりがない。


ウィキッドのエルファバ、サブリナ、ハリーポッターハーマイオニー、アダムスファミリーのグラニーアダムス、ウェイバリー通りのウィザードたちのアレックス、シュガシュガルーンのショコラ。


パンクで聡明な魔女たちだ。


どこにも馴染めないのでは無く

簡単には馴染もうとしない。

最高にかっこいいはぐれものたち。


今もずっと憧れている。

 

この間、etsy(海外のハンドメイド作品などを販売している通販サイト)をチェックしていたらこんなプリントのTシャツを見つけた。


「We Are The Granddaughters  Of The Witches You couldn't Burn」


私たちはあなたが燃やすことの出来なかった魔女の孫娘だ。

 

かつて魔女裁判にかけられたのはそのほとんどが女性で、未婚の人、医師、助産師、人付き合いが少ない人、読書好きな人、勉強熱心な人や風変わりな人までもが魔女だとされた。

裁判では魔女とする証拠をでっち上げる不当な内容ばかりだった。


今でも私たちは日常的に、魔女狩り魔女裁判に通づる性差別を受けている。それは何百年と続いてきた。


風変わりだろうと聡明だろうとビッチだろうと。

なんの理由も制約もなくとも、私はいつだって素晴らしい。

もう二度と、素晴らしさを隠して生きるつもりはない。


自分のための魔法を持ち続けていられる限り、私を燃やすことはできない。


魔女は戻った。

1692年の地獄から。

 

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Self Portrait 「魔女の肖像」

2019年10月31日

 

 

※1692年

最も悪名高いと言われているセイラム魔女裁判が行われた年

「MY SAFETY PIN CROWN」

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8月。私はセルフポートレートの作品作りに取り掛かった。


始まりは今年の誕生日。

自分へのプレゼントに購入したティアラと青薔薇の刺繍のネクタイを身につけて、自分を祝うためだけにセルフポートレートを撮ったことがきっかけだった。


というのも17歳から今年の誕生日までの7年間にダメージを食らい過ぎて、自分を失いかけたから。


高1で母と母のパートナーが同居し始めた直後に2人ともクビになって家を強制退去になったり、高2で自殺未遂をしたり、18からは立ち直るために始めたハンドメイド小物の販売でパクリ被害や転売、クライアントからのギャラの未払いが起き、鬱病が再発。

4年同棲した元恋人はモラハラ化し、最後は逃げるように別れた。

その後、開業した古着のウェブショップは母のパートナーと揉めたり、事務所の近隣男性から嫌がらせを受け、閉店。


進んではぺしゃんこになるのを繰り返して、もう今度ばかりは無理!と思いもしたけれど

私は私を取り戻すために、自己セラピーを始めることにした。


トラブルばかりの家族や、行かなかった結婚式のご祝儀をせびってくる元友人らと距離を置き、ジェンダーフェミニズムアダルトチルドレンについて勉強するうちにようやく自分の状態を把握した。


そして、この作品も自己セラピーの一環として、自分を励ますために作ったものである。


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「MY SAFETY PIN CROWN」

 

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へとへとで帰ってコンビニのお弁当でいいやという日、トイレ中や洗濯物の森の中でも、恋人とのベッドの中でも。


私の頭の上には王冠がある。


ごめんあそばせ、と中指を立てて

私は私の王冠を守る。

 

王冠を自分への敬意の象徴として、毎日を生きる中で目には見えなくても、誰もがいつでも王冠を持っている。ということを表現している。


自分だけの王冠のイメージは

大島弓子の作品「8月に生まれる子供」の「わたしはわたしの王女さまである。そしてその民である。」という言葉と

デヴィッドボウイの楽曲「Heroes」の歌詞から着想を得た。


王冠は安全ピンを大量に用いて、一から手作りした。

 

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安全ピンは以前、ツイッターで痴漢対策として話題になり、議論になった。そして最近では、安全ピンはマイノリティ支持と団結の新しいシンボルとなり、再び注目されている。


1970年代以降、パンクの女王として知られるヴィヴィアンウエストウッドが当時経営していたショップ「SEX」で、安全ピンをモチーフとして取り入れた洋服などを展開してからは、安全ピンはパンクの象徴的なモチーフでもある。


本作では安全ピンをモチーフに使用することで、自分や他人への敬意、自分の性やアイデンティティを守ることを表現している。


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女の子だからと人を思いやることばかり教わり、自分を大切にしていいのだと知らずに大人になった私は、嫌なことを嫌だとはっきり言えずに、搾取に慣れてしまったし無駄に傷ついてきた。


私は何かを作ることで、私らしさを奪ってきたものへの貸しの回収をして、痛みの清算をしようと思っている。

 

背中を押してくれた女性たちや、憧れの魔女、パンクなはみ出しものたち、特権を持たない人、傷を抱えたまま断ち切れずにいる人を思いうかべることを。ごめん遊ばせと中指を立てることを決して忘れずに。

 

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